【読書記録】日本軍兵士――アジア・太平洋戦争の現実

太平洋戦争での日本軍が補給をおろそかにしたこと、そして、その状況下で戦う兵士が塗炭の苦しみを味わったことは周知の事実であるが、その兵士の苦しみがどれほどのものであったかを克明に記したのが本書である。

膨大な戦病死と餓死や、劣悪極まりない輸送船の悲劇などは他の書籍でも描かれているが、本書は大量の資料――日本軍と戦った米軍側の資料も含めて――を駆使してそうした事実を「兵士の目線」で「兵士の立ち位置」から捉えなおし、その悲惨な現実を描き出すとともに、日本軍の実情が貧弱なものであったことも描き出している。

兵士を戦場に送り込むために用意した輸送船は奴隷船のような船であり、攻撃を受ければ瞬く間に沈没して多数の兵士が海没死し、攻撃を受けなくても船倉の異常な温度と湿度の上昇で中枢神経障害を起こして死亡する。

送り込まれる兵士の質も、日中戦争の全面戦争化に伴う大量動員の必要から、

身体または精神にわずかな異常があっても、軍陣医学上」、軍務に支障なしと判断できる者は、「できるだけ徴集の栄誉に浴し得るよう、身体検査の条件を全般的に緩和した (p.86)

条件で集められた兵士であり、体格や体力の劣る兵士、病弱な兵士が増加していくこととなった。さらに、軍服は地の厚い毛織物から綿製になって洗濯のたびに生地が傷む代物になり、軍靴も素材が牛革から馬革や豚革に、さらには鮫皮にまで劣化し、補強用の釘や鋲まで減らされたことで耐久性がなくなり、前線では靴を履けない兵士が多数存在していた。飯盒さえ、金属製から孟宗竹製になっていった。

前線に到着した兵士も、上記のような劣悪な装備で補給なき戦いを強いられ、餓死する者、マラリヤなどの病気で死亡する者が続出し、さらには自分の身体を傷付けて戦場を離脱する者がでてくるまでに追い詰められていった。

視点をマクロ的な面に移しても、当時の日本は後発の近代国家であり、機械化が遅れ労働生産性は低く、工場では多数の熟練労働者を現場に確保する必要があり、農村でも大量の農業従事者を確保する必要があった。このため、兵力と労働力の競合関係が深刻で、大規模な徴兵を行うと労働力が不足してしまうことになった。

当然、軍隊の機械化も進むはずもなく、日本軍はトラックの不足を歩兵の背負う荷物を増やすことで、土木機械の不足を『つるはし・もっこ・ローラー』で対応しようとした。そして、通信機器は米軍から10年遅れており、中国戦線の歩兵第二三二連隊第二大隊に配属された小柴無線分隊の「装備」は、無線機1台と伝書鳩5羽(!)であった。

もはや、どこを見ても日米の軍事力の差は絶望的であり、日本軍が米軍を苦しめたとはいっても、それは前線の兵士の超人的な努力に頼ったものであり、兵士の塗炭の苦しみを一層際立たせるものでしかない。

太平洋戦争の意味をどのように捉えるにせよ、本書が示す戦場の現実は、太平洋戦争は勝てる戦争でもなければ、まともに戦える戦争でもなかったことを示している。それは、後発の近代国家である日本が戦うにはあまりにも無謀な戦いであり、また、中国を簡単に屈服させられると思い込んで日中戦争を泥沼化させ、その挙句に日米戦争に向かわざるを得なくなった戦前日本の政治的・戦略的ミスの悲惨な総決算となってしまった戦争であった。